感情を抑え込むことで、あらゆる不調が起こる

更新日:2019.05.21

執 筆:整体師 佐久間舞

☆感情の抑圧と不調の関係についてお話しています。

~ 「怒りの取り扱いかた~怒りを出して健康になる~」vol.4 ~

「すべての感情は必要なもの」であると冒頭で述べました。
とはいえ、なかなか表に出しづらい感情もあれば、自分の中にあることが不快で認めたくない感情もあります。
このどちらにも「怒り」は当てはまるでしょう。
出さない、認めないということを続けると、やがて抑え込むことが当たり前になることや、もはや感情が湧いてきても気付かなくなってしまいます。

この状態になると、自分では気づいていないだけで確実に怒りの感情は存在しているので、ストレス反応だけが起こり続けます。
すると、原因のよくわからない痛みなどの体の症状や、実態のつかめないイライラだけが出続けることになるのです。

また、普段は抑えていても、ふとしたきっかけで感情が湧いてくることがあります。
そんなときに、痛みなどの体の症状があると、自分の意識の多くの部分はその「症状」に向きます。
すると、押し込めておきたい感情にはさらに意識が向かなくなって、感情にかき乱されるということは防げるでしょう。
痛みが、不快な感情から自分を守るためにも一役買っているのです。

こうして、ストレスもストレス反応としての症状も、いつまでたっても残り続けてしまいます。

「抑圧」した感情はどこへ行くのか

このように感情を抑え込んだり気づかなくなったりするのは、自分の心の安定を保つために備わった「防衛機制」のひとつである「抑圧」という状態です。
防衛機制の多くは、幼い頃に家族などの身近な人間関係の中でうまく生きていくため、無意識のうちに身につけた術です。
そのため、すぐに直すことなどできませんし、その必要もありません。
しかし、抑圧しているものや、抑圧するという「クセ」に気づくことはすぐにでもできます。
そして、抑圧しなくてもいい場面ではしないようにすることもできるようになるはずです。

感情は本来、外に出され表現されるべきものです。
そのため、怒りの「抑圧」が続くと、やがてストレートな表現とは別の形をとって表出されることになります。
そのひとつは怒りを自分自身に向ける「自罰的攻撃」というものです。
そしてもうひとつは、怒りを相手にわかりにくいようコソコソと出す「受動的攻撃」というものです。

どちらも、自分や相手を傷つけるため、決して良いやりかたとは言えません。
しかし、自ら望んでこれらのやりかたを選んでいるわけではなく、抑圧しなければならない状況下で生きてきたり、怒りの正しい出しかたを学ぶお手本が周りになかったり、身近な人に同じような怒りの出しかたをされてきたりと、それぞれに事情があるはずです。
そもそも世の中が「怒りをあらわにする」ということをネガティブに捉える風潮を作り出しているということもあるでしょう。

自罰的攻撃:怒りを自分自身に向ける

怒りを本来の矛先に向けてぶつけられず、抑圧し続けるとどうなるでしょうか。
元々あった怒りに、我慢するというストレスがさらに加わり、自律神経を中心とする「ストレス反応」が次々と引き起こされます。
その結果、自らに症状が出てしまうため、外に向けるはずの怒りを反転させて「自分に向けている」に等しい状態になります。
自分に向いた怒りの典型的な例として、摂食の問題と自傷行為があげられます。

過食・拒食で不満を満たす

なかなかやせられない、ストレスで太る、気づいたら食べ過ぎている。
または、極端に食事制限をしたあと、膨大な量を食べて吐く…。
こんな傾向のある方は、自分の怒りや不満をうまく取り扱えていません。

ものを食べると、お腹が満たされることである程度の「満足感」が得られるとともに、胃腸が動き出して副交感神経が刺激されるため、つかの間の「リラックス感」が得られます。
しかも、乳児期に母乳やミルクで空腹による不安を落ち着かせていたという記憶も体に刻まれているため、反射的に食べ物を口にして落ち着くという行動が起きやすいのです。

つまり、手っ取り早く怒りや欲求不満を鎮めるには、食べるという行為はうってつけなのです。
実際、さほど「空腹感」は感じておらず、「空虚感」や「モヤモヤ感」「イライラ感」など、鎮めたい感情が潜んでいるということが多くあります。
また、「満腹感」よりも「満足感」を欲しているため、満腹になってもわからなかったり、いくら食べても満たされなかったりします。

自分自身を傷つける

手首に傷をつける、皮膚を刺したり引っ掻いたりする、爪を咬む、髪を引き抜く…。
その方法は多種多様ですが、たいていは怒りや過度な緊張、嫌な気分からの解放を求めて行われるといいます。
痛みによって一瞬でも意識を途切れさせることが、不快な感情から自分を守ることになります。
あるいは、誰かに対するネガティブな感情がいつのまにか「自分のことが嫌い」にすり替わり、自分を罰するようになります。
心の痛みを、体の痛みによって覆い隠しているとも言えるでしょう。

受動的攻撃:怒りをコソコソ出す

怒りを直接表現できないと、間接的に、しかも一見するとそれとはわからないような形で怒りを表現することがあります。
これを精神医学で「受動的攻撃」と言います。

性格的なものもあるので一概に怒りの表現であるとはいえませんが、次のような言動のパターンが繰り返される場合、それは受動的攻撃の可能性があります。

  • 必要なことや助けになることを、しない、忘れる、理由をつけて遅らせる
  • できそうもないことを要求する
  • 悲観的でネガティブな発言ばかりする
  • 態度や扱いを不平等にする など

いずれも相手を困惑させる、不安にさせる、傷つける、足を引っ張る、操作するなど、じわじわと追い詰めるような結果になります。
その相手に対する怒りの表出であるという場合もあれば、本来の対象は他にあるという場合もあります。

その言動がどう考えてもプラスにならないことは、本人も少なからず認識はしているのですが、反射的に出てしまうパターンと化しているため、なかなか改善されません。
自分自身の言動を振り返ってみて、ついついやってしまっていることはないでしょうか。また、誰かの標的になってはいないでしょうか。

必要なものである以上、怒りは必ず何らかの形で表に出てきます。
心身の不調や対人関係など、「何かうまくいっていないこと」があるとき、そこに自分自身の怒りが隠れていないか、立ち止まって考えてみてはいかがでしょうか。

このページでは、「感情を抑え込むことで、あらゆる不調が起こる」についてお伝えしました。
次の「自分を大切にして『怒り』とうまく付き合う」では、自分自身を大切にして、怒りをうまく取り扱うことついてまとめています。


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